歴史部会 8月例会(2025年)

歴史部会

 8月例会は9日に、『名前の歴史』のテーマで、日本人の名前について尾崎 周さん(1979政経・千歳会)担当で開催しました。

 日本で最初に今の名字に当たる氏(うじ)が使われるようになったのは大和政権の頃(5~6世紀)です。大化改新を経て中央集権化していくと大王家は別格の天皇家となり、賜姓と言われる氏族に姓を与える権限を持ちました。姓を与えられるという事は、臣下となると言う重要な意味を持っていたのです。氏(うじ)と姓(せい)は姓に統一され、また、氏族の地位を表す姓(かばね)も与えられるようになりました。

 平安時代になると同姓が多くなり、貴族は自分の邸宅の地名を取って「三条」、「近衛」などと号しました。同様に地方で台頭し始めた武士たちもそれぞれの所領の地名を名乗るようになります。これが「名字」で、姓と違い自由に名乗れました。但し、正式には姓(せい)を使い、武田家も公式には「源」です。関東には多くの武士が移住・誕生しそれに伴って多くの名字が生まれ、各地の守護となって全国に広がって行きました。

 貴族や武士と違って平民には名字が無いと思われがちですが、武士と言っても半農半武が多く、農民でも鎌倉・室町時代以降かなり多くが名字を持っていたと推測されています。

 江戸時代も、〝武士以外は名字を名乗る事が出来なかった〟という事のようで、明治になって戸籍制度導入の為名字を義務化すると、かなり昔からと思われる名字が多数登録されましたが、これも同じ理由と考えられます。

 今後の予定は9月13日「太平洋戦争、日米航空戦のエピソード」、10月11日「皇居東御殿と江戸城」で、(原則)以降毎週第二土曜日9時40分から開催しています。

(林 馨 記)          

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